自分語りしたいよね。ここはそんな森。

考えていること、少しずつ、自分のために

すーっと

ビラ配りのバイトをぶっちしたので今日一日を自由に過ごせた。ほんの少しの罪悪感と一緒に。連絡きてたらどうしようと思って、裏返しにしてあったスマホをひっくり返すと、何の通知も来てなかった。

 

ほっとしてそれから少しだけFFをした。まとめサイトをみるとどこかの誰かが今日も駄作だのと書いている。どこの世界にだって文句をつけたがる人がいて、何かを否定することで自分を保っている人がいて、そんな批評を見て共感して安心する人がいる。たぶんぼくらは、それぞれに意見を持ちすぎてるんだと思う。そしてそれを本当に簡単に発信することができる。自分のその言葉に暴力性があるということを知らない人が多すぎる。

 

話がそれてる

 

ぼくもこっちに住むようになって、いろいろ気に入ったお店を見つけることもできた。その一つに本屋さんがある。その本屋さんは今月いっぱいで閉店することになってる。だから今日いってきた。いつものようにきれいに本が並べてあって、その表紙はどれも読みたくなるようなもので、来ている他のお客さんもおしゃれにみえた。そのおかげで、毎回チェックする雑誌も増えたし覚えた。ぼくが行った時は、お店のお偉いさんが来てたみたいで店員さんといろいろ話し合ってた。お疲れさまとか、残念だなあとか。お客さんのなかにも店員さんにこんな声をかける人が何人かいた。ぼくはその間、最後だし何買おうかなって考えながら眺めてた。結局雨宮まみさんの本を2つ買ったんだけど、雨宮さんはもういなくて、この本屋はもう閉店でって悲しくなって。そんな思い出をのせて今ここに買った本がある。

 

最近毎日をただ通りすぎてるような感じがあって。すーっとね。すーっと部屋を出て、すーっと電車にのって、すーっと通りを歩いてすーっと本屋をでる。だれかに何かを見せ付けたいわけじゃない。何かを知ってほしいわけでもない。でも今日は通りを歩く人に気が散った。端っこを歩けとか、遅いとか、ふらつくなとか。おれはそうじゃないぞって自分に言い聞かせたいんだろうな。

そんな暴力的な衝動を感じながら。感じながら。感じながら。ぼくも否定することやめれるかな。そのぶん誰かにやさしくできるかな。そうなればいいなって、決意じゃなくて祈ることしかできないけれど、それでもね。