自分語りしたいよね。ここはそんな森。

考えていること、少しずつ、自分のために

はなたば

今年もこうして終わっていくんだねって感じが本当にしてる 実際はそんな気はしないけど ただスーパーの陳列が変わってきて、外に出れば家族連れが増えてきて、年末番組が増えてきて、そんな雰囲気にそう思えるだけなんだ。結局のところ僕は、毎日アルバイトしか用事がなくて、そんなこととは関係なく過ごしてる。もうすぐ締め切りの課題があるだけだ。先生は論文の中身をどうこう指導してくれるわけじゃなくて、ただ僕のいいかげんなとこととか、そんな人間性の部分を指摘してくるだけで どうも先生というのは生徒の意欲を削ぐことにおいてはぷろふぇっさーのようだ なんて言わせてもらう(しつれい) まあこんな意欲のないやつにエネルギーを使うのもばからしいわけで やっぱりどこかで教授というのは賢いんだろう と思おう

 

この一年を振り返ると いかに僕がすかすかな人間だったのかを痛感して、今になっても心が痛い。あのときの僕はこのまま行けば何者かになれると思っていて でもそんな気がしてただけで 試される場になるとそんなものは全然役に立たなかった 諦めることなげやりになること そしてどんんどん内向きになって 未来への可能性をどんどん捨てていたんだろう それでいいや もうなんでもいいや ほら今言ったとおり。

なにかをするにもエネルギーを使わないといけなくて でもそんなエネルギーなんてもう僕のどこにもないような気がする そう いつだって僕はそんな可能性を思いながら生きてきたんだろうな 淡い予感を でもそんな予感は馬鹿げていて所詮僕の幻想でしかなくて 後に残るのは惨めな気持ちだけだった そしてただそれを繰り返すだけだった 

今こうして過ごしていることが本当にくだらないなと思っていて みんな何をそんなに信じきってるんだろうね あるのはどこまでいっても ありきたりなくだらない日々で ありきたりな非日常を求めても 結局残るのはくだらない日常で 生きることはどこまでいってもくだらないことだ みんな何かを信じることで たぶん そう信じれるからこそ くだらない日々にも救いがあって その救いは幸せにつながっているのかな なんとなくそう思う

自虐というか ただのフィードバックだと思うんだけど こんなことを感じる僕は とことん満たされてないんだろうなって ちょっぴりぶるーな感じ(誤魔化す) いい予感も根拠のない自信もなくて内向きで承認を求めていて孤独で 誰かと話したくて誰とも話したくなくて 誰かに話したい笑い話があって誰にも話せない話があって どこかに救いを求めていて でもどこにもいけなくて そういう壁をとんとん作って自力でそれを壊しにくくなってきて でもそんな壁はすぐに壊せそうな気もしたりしてる

どうも僕はこんな感情で自分のバランスを保ってるみたいだ 

 

来年はいろんなことが上手くいって頑張れていたらいいな そしてこんなことを思っていた時期もあったねって笑えたらいいな それは救いだよね

 

みんなもいろんなことがうまくいけばいいね なんとなくそんな祈りを誰かにこんな社会にささげます(はなたば)