自分語りしたいよね。ここはそんな森。

考えていること、少しずつ、自分のために

8と4

今日で22歳になりました。

仲のいい人にはもう祝ってもらったので、誕生日の夜は一人でいます。

22になって思うことをここに書こうと思います。

 

僕へ

 

22歳になって、自分が今日まで無事に生きてきたことを実感しています。22年前のこの日、僕はどんな喜びや期待や痛みやほかの感情と共に生まれてきたんだろう。そう思うと、今日まで生きてこれて本当に良かったなあと思う。いろんな人に感謝しています。

僕にとって何でもない今日が、特別な意味のある一日になるということ。

このことを思うと、たまらなく嬉しく思います。こういったことを今日という日に感じれたことが嬉しいです。

今日まで無事に生きてこれたことは一つの達成であるし、こんな時代にそれだけでも幸せなことなのかも知れない。

 

ぼくはどんな期待と共に生まれてきたんだろう。そしてその期待にどれだけ応えることが出来たんだろうという不安はあります。ぼくは22年も生きてきたけど、果たしてそれに見合った立派な大人になれたのだろうか。

そう思うと、ぼくは何も成し遂げれていないんじゃないかと思ってしまいます。今日まで生きてきたけど、ぼくはこれで良かったのかなあ。そんなことを思います。

 

そしてたまらなく不安もあります。これからは自分の意志と選択で人生の選択をするんだということが。今までの判断の積み重ねで今のぼくがいて、これからも今のぼくの選択でこれからのぼくをつくっていくということが。この不安がなくなることはあるのかなあ。

君の人生なんだから君のしたいようにすればいいと言ってくれるのは嬉しいんですが、そうだとしても自分自身で決めるということが怖く感じる。君のしたいように……って言葉の裏に隠された期待とかいろんなものを感じてしまう。そしてその隠された方が真実であって、その期待に応えないといけないのかなあという気持ちもあります。かといって他にしたいことがあるわけでもない。

 

いずれにせよ、なるようにしかならないし、ぼくはそれを受け入れることしかできないんじゃないかとそう思います。今の自分を肯定的に受け入れる覚悟さえあるのなら……何かが変わるのかな。

 

今日という日がぼくにとって意味のある日であるということを思うと、嬉しいです。これからもぼくはいろんな経験をし、いろんなことを感じ、いろんな期待に応えていくんだと思います。ぼくがなにかを差し出し、ぼくはそれを受け取る。あるいはその逆を。

ここに書いた気持ちは、いわゆる期待を不安というやつなんでしょうか。

まだぼくにはわかりません。あとになって振り返って初めて気づくものなのかもしれません。

 

今日感じたこと、この気持ちがぼくの真実になっていくんだと思います。これからもこの思いを糧に生き続けようと思います。

 

大きな感謝と少しの謝罪をここに。